波長の合う二人

 第30期竜王戦1組5位出場者決定戦第1回戦、藤井猛九段 対 山崎隆之八段。負ければ2組降級の一局。本局は過去の藤井山崎戦の中でも屈指の熱戦だと思ったので、ここに感じたことをつらつら書いておく。
 
 棋譜は日本将棋連盟モバイルで閲覧可能である。

 藤井九段も山崎八段も独創派の棋士と知られ、藤井猛山崎戦はいつも独特の序盤となる。藤井九段は発想と深い研究からその独創性を磨き上げたが、山崎八段は全く自由な感覚からその独自性が生まれており、単に「独創派の棋士」と言っても全く系統が違う。
 二人の対局は、棋譜コメントにもあるように、どちらかと言うと山崎八段の方が変わった形を目指し、藤井九段がそれに反発するようなイメージがある。本局もやはり、山崎八段が幕開けから☖6二銀〜☖1四歩〜☖1五歩と指し、さらに右辺を厚くするという、振り飛車に対して挑発的とも言える形を目指した。
 一方、本局の藤井九段は三間飛車に構え、淡々と美濃囲いに組んだ。藤井九段は、端を詰められた美濃囲いをよく指す。これは、端に一手掛けても端攻めを誘発する恐れがあること、また、端の一手を左辺または中央に回してポイントを挙げる狙いがある。実際には、その時々の形に、端歩を突き返すかどうかの判断材料が多くあるのだろうと思う。そうして様々な理由をもって、安易に端歩を突き返さない藤井将棋が、私は好きなのである。

 序盤は山崎八段の作戦勝ちとなった。藤井九段に予定変更があったようだが、それを誘発した山崎八段の作戦、感覚が見事だった。
 藤井九段の将棋の魅力の一つに、序盤で作戦勝ちを収め、中盤で一気に勝ちに持っていく「勝ちパターン」がある。僅かな有利を一気に勝勢まで持っていき、終盤なく勝ち切る圧倒的な力に、幾度となく興奮してきた。
 本局でその勝ちパターンは期待できなくなったが、一方で、ちょっと悪い将棋になっても、力づくでなんとかしてしまう中盤も、また魅力的なのである。
 本局の中盤は、まさにそれだった。
 55手目☗4五銀☖4四歩☗5六銀。後手の角道を止め、争点を作ったとは言え、銀を出て引いただけで手番を渡した。控室の船江六段も驚愕した手順だが、苦しい局面の中で最善を尽くしているように感じた。しかし、対する山崎八段の☖7三桂〜☖8一飛は最も堂々たる態度で、こちらは自信を感じさせた。
 61手目、☗4五歩でいよいよ玉頭戦が始まった。先手は玉頭にそれほど手厚くない美濃囲いとは言え、後手の駒はさらに離れており、玉頭戦になるのであれば藤井九段らしい「力づくでなんとかする」将棋が見られる気がした。そして、それは現実となった。
 69手目☗5六金から☗4四歩☖同角☗4五金という伸びやかな金の活用は、「一歩竜王」の将棋を彷彿とさせる左金捌き。睨みが厳しかった2二の角を5三に押しやり、☗6五歩で☖4六角を防ぎながら飛車に活力を与え、夕休前には四方に利く角打ちで王手飛車を掛け、先手が盛り返した。「さすが藤井九段!」と心の中で叫んだ。
 ところが、夕休前からたっぷり時間を使い、休憩明け直後に指した☗8一角成が疑問手だったようで、難しい局面になってしまった。意外と後手玉が寄らず、☖6八飛の単純な王手が厳しい。
 局面は混沌とし、ここからの手順もまた、ただひたすらに混沌としていた。
 ☗4八銀の合駒に☖6九飛成!とした。一見☗5九金で弾かれそうだが、藤井九段は☗3九金!と逆方向に寄った。☖3八金の放り込みが厳しかったのかもしれないと思っていたところに今度は☖3八歩成!と何も打ち込まずただ拠点を消した。驚愕に驚愕を重ねたやりとりだったが、さらに藤井九段は僅か6分で☗同玉!と取った。藤井九段の読み筋だった。
 この手順が読み筋というのは何度並べても驚愕である。それは山崎八段の☖6九飛成や☖3八歩成という、一見読みづらいような手も読み筋にあったということで、対局者からすればこれが最善を求めた自然な手なのかもしれないが、藤井九段と山崎八段の波長が合っているのだと感じた。対局者同士が感じる波長というのは恐らくあるもので、対局者同士の読み筋が不思議と合うようなことがあると思う。一方で、周りが簡単に気づくような見落としを、両対局者が見落としていたりもする。
 そして117手目、本局最大のハイライトが訪れた。
 ☗2九玉に39分が費やされた。藤井ファンにとって長い長い、終盤の長考だった。
 直前の☗5一飛は50分を残して指された。☖3七金を明らかに誘っていて、流れは完全に先手にあると思った。☗2九玉を指さずに時間を使って勝ちを確認するのはプロらしいとすら思っていた。
 冷静になってみると、その☖3七金は僅か4分で指されていた。実は後手の罠だったのかもしれない。よくよく考えると、と金を残し、駒をもらって後手玉を討ち取るという、リスクの高い手順である。何があってもおかしくない怖さが沸いてきた。考慮時間は20分を超えていた。
 長考中、棋譜コメントは高い頻度で更新され、緊張感が続いた。その途中で☖2一桂という手が示された。金を渡し、もらった桂馬で受けに回るという、信じられない発想だった。そして、自分の棋力では☖2一桂に対する有効な手が見えなかった。30分を超えてもまだ指さない。もはや異常事態のように感じた。
 果たして、☗2九玉が指された。対して後手はノータイムで☖3三歩。3三の地点を受ける意味では☖2一桂と同じだ。桂馬を使わず歩で受かるのならその方が良い。良い手だと思った。
 しかし、これは藤井九段の読み筋でもあった。何か先手に好手があるのかもしれないが、☖3三歩ではなく☖2一桂が本線ではない辺り、ここでも波長が合っている。
 ここからの藤井九段の手順は軽妙だった。☗3四歩の突き出しから、☗4六馬と連続で詰めろを利かせ、☗4三歩成。広いように思えた後手玉だが、これもまた詰めろになっている。☖同角に残り16分から8分を費やしたのを見ると、もしかしたら軽視していたかもしれない。攻防に効いていた角を引かせ、ここで再び、藤井九段が優位に立ったと感じた。
 あとで感想戦コメントを見ると、異常事態のように感じた39分も、再度の読み直しが主なようだった。見る方は勝手に解釈し、勝手に感情を抱くものである。
 ところが、直後に☖3七桂不成☗同馬☖4八銀☗同馬☖2七桂不成という、桂不成2連発の妙手順があったようだ。この将棋はどこまで行っても信じられない手順が潜んでいる。
 実戦はこの順が現れず、☖5四角が敗着となった。
 最後、☗3一銀〜☗2二角という「イモ手」で勝ち決めるのも、また藤井九段らしいと思った。大駒小駒に限らず、こういった短い利きで勝つのがなんとなく「らしい」のである。

 本局、濃密な中終盤で、名局だった。お互いが最善手ばかりを指した訳ではないかもしれないが、驚愕のやり取り、勝負手、悪手、見落とし、人間同士ならではのドラマに溢れていた。

 感想戦コメントは、藤井九段と山崎八段らしい、正直で自虐的なやりとりが何度も繰り返されていた。この調子で1時間30分近くも感想戦を行ったあたりも、波長が合っているように思う。

 感想戦コメントによると、藤井九段の力づくでなんとかしたように見えた中盤も、実際は☖3五歩などの疑問手で藤井九段に暴れる手段を与えてしまい、難しくしてしまったようだった。ただ、その☖3五歩のような手を、僅か1分で指してしまうようなところに、山崎八段の悲劇性を感じてしまう。
 山崎八段には、これまで数々の悲劇性を感じてきた。それだけに、タイトル獲得や、A級昇級を願わずにはいられない。今期B級1組最終局も、明らかに悪い将棋ながらひたすら盤上に没頭して粘る姿があった。生中継でその様子を見ていて、私はずっと泣いていた。あのひたむきさが、どうか報われて欲しい。

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